最後に残された、一人で生きていくという大仕事。
89歳の父と84歳の母。
母は、7か月前に脳梗塞を発症。現在、有料老人ホームに入所中。
父は、一人でサービス付き高齢者住宅に入居しています。
結婚以来、62年間、離れたことのなかった夫婦が、別々に暮らすことになりました。
母親を恋しがる父
父は、足の衰えから車いすが必要。
室内はともかく、一人では外出することができません。
そんな父親の生きがいは、母親の元を訪れること。
フルタイムで働く姉の休みを指折り数え、母親の入居する有料老人ホームに行くのを楽しみにしています。
ベッドサイドで「母さん、母さん」と呼びかけ、手を握り、1分でも長く傍にいたがります。
帰りは、心なしか元気がなく、「今度行けるのはいつだい?」と必ず問いかける父。
ほんの2か月前までは、行きたくなればタクシーを呼んで、金銭事情も顧みず、片道5千円をかけて通っていました。
ところが、タクシーから車いすに移る際に転倒し、打撲による痛みが長引いた父。
さすがに凝りたのか、一人でタクシーを呼んで母の元に向かうことはなくなりましたが、姉への「連れて行って!」コールの頻度は増すばかり。
最近は、姉の仕事の日は、母の妹に連絡し、無理を言って連れて行ってもらうこともあるようです。
寂しくてあそこに一人でいられない・・
「仲の良いご夫婦ですね」
施設の方は、不自由な身体をおして面会に来る父親をみて、皆さんそうおっしゃいます。
父のDVとそれを下支えしてきた母。
両親の素の姿を知っている私たち姉妹は、曖昧に頷くのみです。
そして姉は、そんな父をみて、「お父さん、お母さんが恋しいっていうのもあるけど、あそこに一人でいられないのよ。寂しくて」と話します。
母と暮らしていたサービス付き高齢者住宅に一人で暮らす父。
週2回のデイサービスに通う以外は、何の予定もありません。
車いすが必要な父は、気軽に買い物に出たり散歩をすることも困難。
テレビもつけず、新聞は活字を追うのみ。
本も読まず、父の一日は、3回の食事以外は、ただボーッと過ごすのみです。
考えるのは、母親のことばかり。
やりきれない気持ちになると、娘に電話。
「母さんのことだけど、良くなってここへ帰って来られるだろうか?」
それが、毎回、繰り返されるフレーズです。
母親が先に旅立ったら、父親はどうなるのか
幼子のように母親を恋しがり、「母さん、母さん」と呟く父。
最近の私たち姉妹の心配は、もしも母親が父より先に亡くなったら、父親はどうなってしまうのかということです。
生きがいも望みも断たれた父親。
その父親の落胆、悲嘆、孤独感を支える余力が私たちにあるのか、まことに心もとない限りです。
62年間、一言で言えば、父はかなりの暴君。
気に入らないことがあると、感情を母親にぶつけ、そして母親は父の機嫌を取る。
そんな二人の関係性を見てきた私たちからみると、
母は、父の妻であると同時に母親でした。
先日、あまりに母親のことばかり話す父に、
「お母さんは、お父さんにとっての女神さまなんだねー」と声をかけると、
「そうなんだよ、母さんはまさに女神さまなんだよ!!」ですって!
まさに、「開いた口が塞がらない」私たち姉妹でした。
人は最後は一人になる
「こんなことになるとは思わなかった」が父の口癖。
89歳を迎えるまで、自分たち夫婦に別れが来ることを全く想像もしていなかった父親に、逆に驚きを覚えています。
父の住むサービス付き高齢者住宅は、8割がお一人暮らしの方。奥様を亡くされた男性の単身者の方も多くいらっしゃいます。
父も、そのような方々とごく日常的に接してきたと思われますが、それはあくまで「奥さんを亡くした気の毒な人」という範疇で、自分にも同じことが起こる可能性は、想像だにしていなかったようです。
父にとって母は、妻であり、母親であり、女神さまであり・・。
母がいなければ父は存在できないほど深く、精神的にも生活のあらゆる面でも依存していたようです。
母親が先になくなれば、62年間の依存関係を失った後に、父親は半身をもぎ取られた状態で生きていくことになります。
90歳を迎え、人は、新たな自分として生きていくことができるのだろうか・・。それが姉と私の疑問でもあり、不安でもあります。
最後に残された「一人で生きていくという大仕事」
夫との二人暮らしから、いつか、一人で暮らす日々へと変化していく可能性は大です。
もちろん、私が先に逝き、夫が一人暮らしとなる可能性は同じくらいあるでしょう。
両親の介護の話題から、いつも行きつくのは、どちらかが亡くなった後のこと。
子育てからも仕事からもリタイアして、大仕事を成し遂げたような気持ちになっていますが、本当の大仕事は、パートナーを失った後の一人暮らしをどうやって生き抜いていくかにあるような気がしています。
時々、目をつぶって想像してみます。
顔も手も、足も、すべてがシワだらけになって、足もおぼつかず、一人で暮らす部屋には、ヘルパーさん以外はほとんど誰も訪ねてはこない。
しんしんと忍び寄る寂しさ、心細さ。そして不安。
身体の痛みと同居しているかも知れません。
それでも、その時々の季節の移ろいに胸をときめかせ、あたたかいスープやお味噌汁を作って自分を励まし続けることができるだろうかと。
「いい人生だったね」と自分に微笑みかけることができるだろうかと。
最後に残された大仕事、実はこれが、これからの人生において、一番重要な任務であるような気がしています。
目を通していただきありがとうございました。
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