還暦からの再起動

お料理レシピ、時々、遠距離介護や病気との付き合いなども。人生の下りを楽しむ還暦女子の日常です。

年寄りはメンドクサイ。そう思われない人とのつながり方

そろそろ桜も散り始めました。

昨日は、友人たちとお花見をかねて桜のスケッチ。

その後、ランチをご一緒しました。

 

ほぼ同年配の友人は、やはりお母様が有料老人ホームに入居されています。

「どう?お母さん・・」そんな問いかけに、

「母親は落ち着いてるんだけど、いろいろメンドクサイんよ。周りが」と。

そして、そのメンドクサイことのひとつとして、「おばさんがね・・」と話し始めました。

 

友人のお父様の弟はすでに亡くなられ、その配偶者である叔母さんは、86歳。

いろいろと病気をもちながらも、もともと子どものいない叔母さんは、一人暮らしを続けておられるそうです。

その叔母さんから、久しぶりに電話があり、「老人ホームにお見舞いに行きたい」とのこと。

「まぁ!それは母も父も喜ぶと思います」と伝え、そこまでは良かったものの、「でも、私は足がない」と始まったそうです。

 

「足がないって言われてもねぇ・・」困惑気味の友人は、事情を話し始めました。

その叔母さんが住むのは、隣県。車で2時間はたっぷりかかるそうです。

公共交通機関では乗り換えが多く、杖歩行で体力も物覚えも悪くなった叔母さんでは、所詮無理な話し。

誰かが車で新幹線の最寄りの駅まで送り迎えをすれば、何とか大丈夫。

そんな状況のようです。

 

「ぜひぜひお見舞いに行きたいけど、何しろ足がないもんで・・」と言われたら、「そうですよねぇ、ちょっとこちらで考えてみますね」って言わざるを得んでしょう。「足がなきゃ、無理ですよ。お気持ちだけでけっこうですから」とは言えないよねぇ。何しろ、これで会えるのは最後かもっていう年なんだから。

そう友人は続けて、溜息をつきました。

友人が送り迎えをするといっても、高速を使っても2時間はかかる距離。

いつも、スーパーに買い物に行くときしか車の運転をしない友人には、ハードル高し。

ご主人には、事情があって頼めず。

結局、娘さんに打診してみると・・。

 

「えっ!年寄りって、ホント、メンドクサイ!」とつれない返事。

そもそも、車で2時間もの距離を送り迎えをしてくれることを前提に、「見舞いに行きたい」と言っているとしたら、それはかなり図々しい。

「もうこの年ですから」「会えるうちに会っておきたい」というのは気持ちはわかるけれど、そう言われれば断りにくい。

高齢であることを盾にして、人を動かそうとする意図がみえて、素直に応じられない。

そう娘さんは、そう言うのだそうです。

 

友人は、「冷たい娘で、びっくりする」と嘆きながらも、「お見舞いは、母が喜ぶから嬉しいんだけど、気が重い」と呟いていました。

娘さんは、「私ももう、長距離の運転はできないので叔母さんの送り迎えはできない」とハッキリ断るべきだと話しているとのこと。

友人は、「でも、あの時会わせてやればよかったと後悔するのも嫌で」とまだ思案している様子でした。

 

それにしても、「年寄りはメンドサイ」というのは、言い得て妙かも知れません。

もう、長くは生きられないと思うと、視野が狭くなり、思いついたら周囲のことなどおかまいなしに、何かに駆られるように、思い通りに実行したくなるものなのかも。

 

「どこかに行く」、「誰かに会いに行く」そんな元気な頃はなんでもないことが、自分でできなくなった時、さて、自分はどうするか。

「メンドクサイ」と思われずに、「喜んで」と応じてくれる人間関係の貯金を、できるなら増やしておきたいものです。

それには、「喜んでいただけたらそれでいい」という精神で、まずは自分からですね。

 

 

目を通していただきありがとうございました。

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