還暦からの再起動

リタイア後に田舎暮らしを始めた還暦女子。それなりの「人生の旬」を綴ります。

「病院も収益が確保できないことはやれない」この当たり前のことを忘れていた

2月1日から回復期リハビリ病院へ入院している母親の施設入所が決まりました。

行き先は、介護付き有料老人ホーム。

父親は、自分の元へ帰って来ることを願っていましたが、1日2回の胃瘻による経管栄養が必要な母親は、父の暮らすサービス付き高齢者住宅では受け入れ困難とのこと。

経管栄養が1日1回であれば、外部からの訪問看護サービスを活用して父とともに暮らせる可能性もありました。

しかし、母親の口からの食事は、昼食の1回のみ。それは、この入院期間中、ずっと変わりませんでした。

 

胃瘻をつけるに当たっての説明

脳梗塞で脳の広範囲にわたるダメージを負った母親ですが、造影剤を用いた嚥下の検査では、誤嚥もなく、摂食機能は保たれているとのことでした。

しかし、集中力が乏しく、座位をとり続ける体力も不十分だったため、飲みこむ力はあっても、実際の食事介助は昼の1回が限度。

ただ、胃瘻をつけて栄養状態が改善され、体力がついたら、食事介助の回数も増やせる可能性がある。そのためにも、胃瘻をつけるよう、勧められました。

 

胃瘻をつけた後も、食事介助はなかなか増えず

胃瘻をつけた後、母親は、お昼の1回ではありますが、7割~8割食べられるようになりました。

ただ、一口入れてはモグモグし、ゴックンというように、食べるのにとても時間がかかり、急ぐとムセるため、言語療法士の方がベッドサイドで40~45分ほどつきっきり。

それでも家族としては、時間をかければ7割以上食べられているのだから、朝食も夕食も、口から食べられるようになるはず。

今週はダメでも来週あたりには、食事介助の回数が増えているのではないかという期待を常にもっていました。

しかし、先日、姉が夕食時間に母親のベッドサイドを訪れてみると、大部屋の他の患者さんは、食堂で食事をしているのに、母親はベッドにひとり取り残され、スヤスヤ眠っていたとのこと。

胃瘻をつけてすでに1か月。食事介助は、昼の1回に固定されたままでした。

 

こちらのスタッフの体制もあって

「母は、いつ頃から朝と夕方の食事が摂れるようになるでしょうか?」

「朝か夕方か、1回でも口から食べられれば、父の待つ家に連れて帰れろうと思うんですけど」思い切って母の食事介助を担当するスタッフの方に尋ねてみました。

「朝は、意識がまだボッーとしてらっしゃることが多くて、夕方は、疲れて眠りがちだし、なかなか難しいんです」

正直、少し言い訳がましくも感じてしまいました。

「刺激が足らないから眠っちゃうんじゃないの?」そんな言葉を呑みこみ、「そうですか・・・」としばし沈黙。

すると、「こちらのスタッフの体制もあって、なかなか・・・」申し訳なさそうに、そうおっしゃいました。

 

考えてみれば当たり前のこと

そこは、60床ほどの民間のリハビリ病院。

摂食訓練を担当する言語療法士さんは、何人雇用されているのか定かではありませんが、数人であることは確か。

母親のような長時間、つきっきりでの食事介助が必要な患者さんが10名入院していたとしたら、とても手が回らない。

看護師さんは夜勤がありますが、言語療法士さんは夜勤はなし。

朝食、夕食は、ともにスタッフの少ない準夜勤、夜勤帯であり、母親のベッドサイドにべったり誰かがつきっきりで介助することは不可能です。

考えてみれば当たり前のことですね。

ただ、病院全体のスタッフの体制まで頭が回らず、母親のことしか考えられない患者家族としては、「できる能力が残されていて、目標も明確なのだから、きっとそれに向かってやってくれる」と思いこんでしまいました。

 

民間病院の経営では、限られた予算とスタッフで収益性を確保しなければ、病院の存続さえも危うくなってしまうのかも知れません。

医療の公平性を考えれば、母だけにスタッフを投入することなどできるわけもなく、もしも今以上のことを望むのなら、考え方としては、家族が自費でスタッフを雇うか、家族がつきっきりで介助するしかないのでしょう。

自分のなかに、「病院というところ、そして医療者は、いつも最善を尽くしてくれるに違いない」という過剰な期待を抱きがちになる傾向があることに気づかされました。

 

 

 

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