母親の病気が教えてくれたこと
本日、母親は、胃瘻をつくるための手術を受けることになりました。
当初は、先行きが見えず、父親も姉も、そして私自身も、気持ちが揺らぐことが多かったように思いますが、胃瘻をつけることで、介護は長期戦の構えに。
母の病状も、そして私たち家族も、安定期に入ったように思います。
この3か月半で感じたこと
母親が倒れてからの3か月半は、さまざさまことを感じた月日でした。
父と母、その夫婦の関係性の機微、今まで意識したことのない姉の一面を知ったり、離れて暮らす自分の立ち位置について考えたり。
人が老いていくという現実、そして、やがては訪れる自分自身の終焉について、フト思うこともありました。
母親の病気は、これからの生き方を考えるチャンスを与えてくれた
母親は、現在84歳。
あと24年あまりで私も母親の年齢を迎えます。
いつかは、母親のようにベッド上で寝たきりになるかも知れません。
その時、これから自分がどのような日々を積み重ねれば、自分の人生に「YES」を出せるのか。
母親の病気は、それを真剣に考えるチャンスを私に与えてくれました。
リタイア後はリハビリのような日々
若いころは、ガムシャラに働いてきました。
もう、1滴の力も残っていないという直前でリタイアし、5年。
リタイアするまでは、安定や安全をあえて選ばず、思いのままに生きてきました。
そして、リタイア後の人生は、過酷だった職業生活からのリハビリのような日々。
「ゆっくり生きる」練習を重ねていました。
「目標」を掲げて、それに向けて走ることからは、もう卒業。そう思っていました。
全く違う世界で、自分を輝かせてやりたい
ただ、今回の母親の病気で、「このままではいけない」という気持ちがわき上がってきたのは確かです。
リタイア前が、オセロの黒だとしたら、これからの人生はオセロの白。
必死に働いた日々も、大切な私の一部ですが、これからは全く違う世界で、自分を輝かせてやりたい。
これまでも人の目を気にすることなく、自由に生きてきたのだから、これからも誰に遠慮することなく、自分で自分をコツコツと育て、磨いてやりたい。
自分の持ち時間に気づく
そう考えてみると、自分の残されたコップの水がさして多くはないことに、気持ちが引き締まる思いです。
あと、20年。いや、あと10年かも知れません。
リタイア後習い始めた絵画教室。展覧会に出せるほどの作品を描いてみたいし、いつか個展も開きたい。
好きなダンスも、ずっと続けて70歳、80歳になっても舞台で踊りたい。
そして、誰かに教えられるほどの自信をつけてみたい。
母親の病気は、これからの生き方を考えるターニングポイントのひとつになる、そんな予感がしています。
目を通していただきありがとうございました。
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