毎日、何分自分の顔を見ていますか?溜息も出るけれど、せめて自分くらいは自分を見つめなくちゃと思った日
「自分を大切にしていないな」そんなことを思うこの頃。
せめて、もう少し自分を大切に扱わなくちゃと、クローゼットの整理をし、スタイリングの本を読んだりする日々。
そんななかで、じっくりと鏡のなかの自分を見つめる時間も増えました。
もう、びっくり!
あれ、私、こんなだったの??
ほうれい線にブルドックライン、フェースラインが崩れて顎と顔の境目が一体化。
無数のシミ。そしてシワ。
ちょっと目を離したスキに、劣化・崩壊一直線を突っ走る自分がいました。
リタイア後は、ほとんどノーメイクに近い状態。
テキトーに化粧水をふりかけ、乳液を乱雑に伸ばし、ちょこちょこっと色づけして終了!
鏡もロクに見ず、もちろん、自撮りなどしたこともなかった数年間。
風景や、お料理の写真には熱中しても、自分の写真など撮って、何が楽しいのかと思っていたクチでした。
とにかく、自分の顔や姿を改めてじっくり、じっくり眺めるということがほとんどない日々を過ごしていました。
「ねぇ、自分の顔って、一日に何分くらいじっくり見てる?」
そう夫に問いかけたところ、即座に返ってきた答えは、「2分!」
「髭剃りの時に、ちょこっと見るだけ。自分の顔を見るの、キライなんだよなぁ。だんだんじいさんになる顔見たって楽しくないもん」と。
なるほど。何かに追われて、鏡を見る時間がどうしても取れないわけじゃないのに、私も、だんだんと劣化していく自分を認めるのがイヤで、じっくり見ようとしてこなかったのかも。
「これって、セルフネグレクトに近くない?」
そんな問いかけに、曖昧に笑うしかない私たちでした。
「自分を大切にする」。その大切にする仕方は、きっといろいろあると思います。
いろいろあるなかで、今、自分に必要なのは、ありのままの自分を鏡に映してまずはじっくりと見つめることかも。
年齢を重ねるに従って、誰から穴の開くほどじっと見つめられる体験は少なくなっていきますね。
「世界にあなたがただ一人」そんな真摯な眼差しで見つめてくれるのは、わんこだけかも。
およそ見つめられる体験が少なくなっているとしたら、せめて自分で自分くらいは見つめてあげなくちゃ、かわいそう・・。
パソコンのすぐ脇に、鏡を置きました。
ふと気持ちがPCの画面から逸れたら、自分の顔を見るようにしました。
メイクも、少し時間をかけ、その時の自分をしっかり見つめるようにしています。
まだ、ほんの数日ですが、「あれっ、こんななの?」と少し驚いた自分の顔にも慣れてきました。
慣れてくると、しっかり見つめることができるようになりました。
すると、シミやシワばかりではなく、「ああ、ここは好きかも」と思えるところに多少は視線が向くようになってきました。
高校生の頃だったでしょうか。
とにかく、毎日毎日、鏡ばかりを眺めていた記憶があります。
授業の合間の休み時間には、必ずトイレの鏡を覗きこみ、髪を直していたような・・。
授業の内容なんてそっちのけ。
ひたすら、なりたい自分のイメージを追いかけて、鏡のなかの自分と格闘する日々。
還暦を迎えた今、あの頃の自分を少しは見習いたい、あの情熱が懐かしいです。
目を通していただきありがとうございました。
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胃カメラ検査。自分の胃の内側に見入ったら、何だか愛しくなってきた。
今月は、身体メンテナンス月間。
歯科検診に続き、今日は胃カメラを受けてきました。
3年前にピロリ菌を除菌。
以来、年に一度の胃カメラが必須となりました。
私は、胃カメラは「口から派」
そして、検査中は画面を食い入るように見つめます。
少々の苦痛を伴う検査も、何か集中して見つめるものがあるだけで、気分的に楽になれるような気がするからです。
目の前のパソコン画面には、のどを通り、食道、胃の入り口、そして十二指腸へと続く少し不思議な世界。
何か、人体の小宇宙をみるようで、興味津々です。
薄いピンク色の粘膜、そして粘膜のヒダ。
ああ、ここに食べたものが通っていき、365日、休むことなく働いてくれているのだと思うと、何だか愛おしくもなりました。
胃にとってみれば、容量オーバーの日もあれば、ペッタンコを余儀なくされる日もあり、熱いもの、冷たいもの、脂っこいものもすべて、一応は受け入れて頑張ってくれるけなげなヤツ。
「ここが胃の入り口です。逆流性食道炎が治った痕がありますね」
「もうすぐ十二指腸の入り口に到達しますよ・・」
「これは、小さなポリープ。でも、心配ないですね」
目の前の画面と医師の説明で、解説付きのビデオをみているよう。
今回は、2ミリの病変がみられ、組織をつまんで採取するというオマケつき。
何とも器用な手さばき、医師と看護師さんの連携に、これまた驚きでした。
検査後の説明では、「一応検査に出しますが、まず問題ないでしょう」とのこと。
何となく気が重い胃カメラも、「普段、自分がお世話になっている胃の内側との再会」、「人体の小宇宙の上映が始まる」と思うと、ちょっと気持ちも変わってきます。
明日は、甲状腺から鼠蹊部までのCT撮影。
明後日は大腸カメラと検査が続きます。
乳癌、甲状腺癌という二つのがんの体験者。
早期発見の幸運に恵まれ、今ここにある幸せに感謝しつつ、しっかりメンテナンスに励みたいと思います。
目を通していただきありがとうございました。
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ファッション誌にあった60代からの着こなし。息苦しくて何だか残念。
クローゼットの整理を機会に、何冊かのファッション関係の本を図書館で借りてみました。
ニューヨークやパリ、ミラノのマダムたちのスタイルスナップ集や、「大人の着回し」などをキーワードとするコーディネートの本。
そんななかに、60歳からの着こなしを扱った本も1冊。
60代に焦点を当てたタイトルに惹かれて、手に取ってみました。
結果は、正直なところザンネンな内容。
60代のオシャレは、清潔感と品格が大切というのが著者のコンセプト。
「うわっ!ステキ!試してみたい」というワクワク感を全く感じることができませんでした。
写真のコーディネートを見ると、どれも無難。
どなたさまからも批判されることはなく、まずまず「良家の奥様」として合格点をもらえるそんなスタイル。
そして、著者によれば、
・ジーンズのロールアップ、派手な色は、大人の品格を落とす
・スカート丈は、膝こぞうを見せるとどんどん品格が落ちていく
・柄のパンツは、60代アップがはくには厳しい
・スキニータイプのパンツは若作り
などなど、なかなか手厳しい。
なるほど、なるほど。
著者の60代のファッションイメージは、
①パンツは、10分か9分丈のストレート。
②スカートは、ひざ下丈。
➂ジャケットは、上質素材できちんと感のでるもの。
④コートはウールのベーシックな上質のもの。
⑤60代におすすめなのはベージュ。
などといったポイントに集約されるようです。
ああ、何だかちょっと息苦しい。
「60代は、こうすべき」というという枠をはめられたようで、どことなく違和感を感じます。
「高校生はこう」
「若者はこう」
「おかあさんはこう」
「60代はこう」と、グルーピングされ、一方的な「らしさ」を求められ、「こうであるべき」と決めつけられているようなちょっとした不快感とでもいうのでしょうか。
もちろん、こうした本を求めておられ、役立てている方もたくさんいらっしゃるとは思うのですが。
そして、次に手に取ったニューヨークやパリ、ミラノのマダムたちのスタイリン集。
皆さん、「こうあるべき」という外側から与えられた枠組みではなく、「こうしたい」「これが好き」「これが自分流」という内側の枠組みに従って自由にオシャレを楽しんでいるように見えました。
ワクワク感、生きるパワー満載!
これも、根底にある多様性を許容する文化の違いですね。
さてさて、60代になった自分がこれからどう装うか。
「これぞシニアのファッションのお手本」と看板を掲げるようなスタイルはどうも気が進まない。
あれこれ試行錯誤を楽しみつつ、自分のスタイルをつくっていくしかないのだろうな・・・。
今は、そんなところに落ち着いています。
目を通していただきありがとうございました。
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クローゼットの断捨離。流行おくれのセンタープレスのパンツ、さてどうする?
昨日、クローゼットの整理が半分終わりました。
スーツとワンピースを全部引っ張りだして、もう着ないものは、潔く処分。
夫と一緒に選んだものは、一度着てみて、判定会議。
判定は、「残す」、「さよならする」の二択。
太れない体質の私。
そのどれもが、サイズアウトということはないのですが、7~8年前に着ていたスーツやワンピースを着てみると、
「あらあら・・、娘さんのお洋服を借りてきた??」といいたくなってしまうようないでたちに。
年齢を重ねたことを、いろいろな意味で再認識しました。
特に、手頃な値段で買い求めたファストファッションは、残念な結果に。
15着ほどがごみ袋に収まりました。
そして、迷ったのが、ハイブランドのスーツ。
大切に着ていた2着は、素材、縫製、全体のバランスといい、本当に申し分なし。
女性の身体が美しく見えるように計算し尽くされ、ひとつのパワーを感じます。
くたびれた感じも全くないのですが、そのなかの1着のパンツスーツ。
パンツがセンタープレスで太目のシルエット。
7センチヒールを履いてジャストの丈です。
いまどき「センタープレスの太目のパンツ?」と驚かれる方もいらっしゃると思います。
ファッション記事を読むと、センタープレスのパンツは、絶滅危惧種だとか。
どのブランドも、もう作っていないそうです。
完全に、流行おくれのイタいファッションなのでしょうね。
さてさて、どうするか・・。
自分が気に入っているもの、パワーを感じる洋服を、流行おくれだからといって、丸めてゴミ袋に入れて処分するのは、夫も私もどうもひっかかる。
それで、結局、元の場所に収めることにしました。
流行を追うばかりではなく、本当に自分の好きなもの、自分が似合うと感じるものを颯爽と着て歩く。
これも、年齢を重ねたからこそできることなのかも知れません。
いつか、パリの街角のマダムのように、流行に左右されず、自分のファッションを楽しむ自分でありたい。
今は、そんなことを思っています。
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くたびれた自分を前に、もっと自分を大切にしなくてはと思う60歳の冬
両親の老いが目立ってきた今日この頃。
日々の関心事が、介護や看取り、そして私たち夫婦の終活などに傾いていることを痛感しています。
そんななか、自分のなかで、「少々訳アリ」の親子関係もクロースアップされ、ふと過去を振り返ることも。
そして、子どもとしての自分は、そのまま親としての自分を映し、「自分の子育てはメチャクチャだった・・」といたく反省したり。
子供のことが急に心配になったり。
気が付けば、何やら独り言をつぶやく怪しい自分になっていました。
最近の調べものは、もっぱら介護や看取り関連。
介護の手記や闘病記に目を通し、何があっても慌てないように両親の最期についてのイメージトレーニングも。
介護保険関連のことも、少々詳しくなってきました。
そんななか、あらら・・。
どうも元気が・・。
そこで、少し目先を変えてみようと開いたファッション関連の小さな本。
そのなかに、「あなたはどんな自分になりたいですか?」というページがありました。
・好きなブランドは?
・自分を表現する色やテンションがアガる色は?
・着てみたいテイストのファッションは?
・1年後の自分がどうなっていたい?
・着たいコーディネートの特徴は?
・なりたい自分のイメージに必要なキーワードは?
(クール・エレガント・洗練・強さ・キュート・スポーティー・アクティブ・エスニック・個性的・ワイルド・セクシー・モード・トラッド・コンサバ などなど)
仕事に奔走して頃は、ブランドスーツに身を包み、パンプスで臨戦体制。
ただ、リタイア後は、クローゼットのなかでひたすら冬眠状態。
冬はもっぱら防寒対策優先で、動きやすいもの、汚れても気にならず、お手入れが簡単なものという機能第一主義。しかも、ほとんどノーメイク。
装いで自分を表現するという世界から遠ざかっていたことに気づかされました。
考えてみれば、日々の関心は
夫とわんこ、両親、友人など、他の存在が多くを占め、肝心な自分にあまり向けられていないことを、今さらながら実感しました。
私の個性、イメージって何?私らしい装いは何?
私はどんな色が一番好きで、似合うの?
そんなことに口ごもってしまう自分を発見。
もっと言えば、ことファッションに関しては、自分は何が好きで何が嫌いなのか、自分の軸というものがこの年になっても「ない」ことに気づきました。
ずいぶんとくたびれてきた自分の姿を見ながら、
「ああ、もっと、自分に関心を向けてあげないとこれでは自分がかわいそう」実は、そんな気もしてきたのです。
子育て中も、頭は子どもや他の家族、仕事のことでいっぱいで、自分をずいぶんとないがしろにしてきました。
ただ、その頃は、長い人生のなかの「そういう時期」だったとも思えるのですが、還暦を迎えた今となっては、自分に残された時間はそう長くはない。
「自分にもっと関心を向け、自分を大切にすることに力を傾ける」それを自分に許してもいい時期ですね。
というわけで、まずはクローゼットの整理。
1年後には、
「これが私らしい、私の生き方にしっくりくる装い」だと言える自分を目指して、今日からスタートです。
目を通していただきありがとうございました。
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「穏やかな最期、尊厳にあふれた理想の死なんてないのかも知れない」そう感じたあるドキュメンタリー
身体も心も弱っていった父親の元に通っていた時に、ふと目に止まったこちらのドキュメンタリー。
ここ数年間で、最もインパクトのある番組でした。
日本にまだホスピスという制度がなかった頃から先駆的に死にゆく患者さんのケアに当たり、数えきれないほどの方を見送ってきた「看取りのスペシャリスト」である医師。
その医師が余命わずかと宣告され、同じく僧侶でもあり医師でもある奥様のサポートを受けて旅立たれるまでの日々を密着取材したドキュメンタリーです。
取材陣は、経験豊かな看取りのスペシャリストが死にゆく過程には、「理想の死」があるだろうと見込んでの取材でしたが、現実はさにあらず。
襲ってくるさまざまな症状に狼狽し、混乱するご本人。
「痛い、痛い」と涙を流し、「眠らせて欲しい」と懇願。
奥様の名を呼び続け、身の置き所のない苦痛に悶え、苦しむ姿。
生気が失われ、魂ここにあらず。別人のようになっていく表情。
ご本人、奥様はもちろんのこと、カメラを回し続けた取材陣も、どれほど胸が締め付けられる思いであったことか。
これほど弱っていく姿をテレビ画面越しにながめることがご本人の尊厳を傷つけているようで、「これは、本当に、観ても良いものなのか・・」と思うほどでした。
たくさんのことを感じ、考えたこの番組。
一番の、最も率直な感想は・・。
これほど苦しまなければ死ねないのか・・。
終末期の症状コントロールって、実はこの程度のものなの?
幾千人の看取りに携わったスペシャリスト。
奥様も、また同様に、経験豊かな看取りのプロ。
そんなお二人であってもなお、あれほどの苦痛にのたうち回るとは・・。
驚き、そして怖くもなりました。
モルヒネなど、さまざまな薬が開発され、在宅でも穏やかに旅立てる。
がん患者の場合、ベッドで過ごすのは死の2週間ほど前。
それまでは、症状をコントロールしながら日常生活が送れる。
だから、がんで死ぬのは悪くない。
本やネット、講演会などで、そんな情報を得ていたものですから、本当に驚きました。
患者の個別性があることは承知のうえですが、
終末期には、どんな医療者としての経験や知識も役に立たないほどの、病状の圧倒的なパワーがあり、どうしても取り切れない痛みや苦痛が存在するのだということを見せつけられたような気がしました。
死ぬという大仕事、見送るという大仕事は、自分が思っているよりも、ずっと辛く厳しいことなのかも知れない。
「人はそんなに簡単に死なせてはもらえない」
「穏やかな最期、尊厳にあふれた理想の死なんて、ないのかも知れない」
なんといってもそんなことが、漠然とではありますが、強くきざまれたドキュメンタリーでした。
ご本人が亡くなってから来月で1年。
奥様のお気持ちを思うと、とても胸が痛みます。
死にゆく患者さんやそのご家族の治療やケアに全力を傾けてきたご夫婦。
人生とは、本当に皮肉で複雑なものです。
目を通していただきありがとうございました。
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父の生きることへの貪欲さにあっぱれ!
ご無沙汰しています。
父親の足腰の痛みがなかなか改善せず、食欲も減少。
体力も衰えて、ベッドに臥せりがちになり、寝たきりになってしまうのではないと急遽、近くにアパートを借り、通い介護を始めたのがお正月。
それから約40日が過ぎました。
通い介護を始めるという記事にいただいたみなさんからのメッセージ。
とても励まされておりました。
さて、その父親の今の状況はというと・・。
おかげさまで、すっかり元気になりました。
元凶だった足腰の痛みも、リリカというお薬の増量によって劇的に改善。
痛みがほぼなくなるにつれて食欲も回復。
生きる意欲がみるみる戻り、車椅子生活ながら、ほぼ以前のような生活が送れるようになりました。
私もこれまでは月の半分をアパートで過ごし、両親の元に通っておりましたが、これからは、少々ペースダウンのつもりです。
一時は、このまま寝たきりとなり、老衰で旅立つのではないか、そんなことも頭を過りましたが、なんのなんの。
今は、うな丼の大盛りを平らげ、有料老人ホームにお世話になっている母親の元を訪れるのを楽しみに待つ毎日。
今年、90歳を迎える父親は、90歳の平均余命が4~5年と聞いて、「なんだ、あとそれだけぽっちしか生きられんのか」と不満そう。
「いや、あくまでも平均だからねぇ。100歳以上の高齢者は、全国で7万人近くいるみたいよ」と声をかけると、「そうか、そうか、7万人かぁ」と相好を崩す父。
戦前、戦中、戦後を生きて来た父親の「生きたい」という意欲・生き続けることを心の底から渇望して止まない貪欲さは、あっぱれという以外にはありません。
弱れば弱っただけ、気の毒で心配になるけれど、元気になればなったで正直なところ、少々うんざり。
そんな父のサポートは、どうやら年単位の長期戦になりそうです。
というわけで、私も以前の生活ペースに戻り、このブログも続けていきたいと思っています。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
目を通していただきありがとうございました。
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