還暦からの再起動

お料理レシピ、時々、遠距離介護や病気との付き合いなども。人生の下りを楽しむ還暦女子の日常です。

西城秀樹さん、あなたは歌手を超えた人でした。

突然の西城秀樹さんの訃報。

私よりも3歳年上の63歳。

夫とは1歳違いです。

特別、ファンということはないのですが、まるで青春時代を共に生きたようで、少々思い入れがある存在でした。

 

脳梗塞の再発作を起こしたのちも、懸命にリハビリに取り組んでいたヒデキさん。

還暦コンサートは、全国70カ所だったとか。ご活躍のニュースにほっとしつつも、病気の進行がみてとれるお姿に、何か複雑な気持ちになったものです。

 

「亡くなったんだね・・」

夕食時、自然に話題はヒデキさんのことに。

「ずいぶんリハビリ頑張ってたのにな。力尽きちゃったのかな」と夫。

 

実は、以前、ヒデキさんの懸命なリハビリを伝えるドキュメンタリー番組が放映されたことがありました。

夫は、しばらく見入っていたものの、「やっぱり替えて。あんまり見たくない」とチャンネルを変えたのです。

「どうして?」と問う私に、

「かわいそうで見ていられない」と。そして、

「歌手なんだから、夢を売る商売なのに、あんなの見せちゃダメだよ。こっちが辛くなっちゃうよ」と。

 

ヒデキさんといえば、とにかく長身で足が長く、当時の言葉でいえば大変なハンサム。

そして、絶叫するように魂に訴えかけてくる歌。

その王子様のようだった彼が、苦痛に顔を歪め、装具に身を任せて訓練する様子は、確かにみるに忍びないものがありました。

 

「どうしてあそこまで自分をさらけ出して頑張ったんだろう」ね。

夕食の食卓で、話す私と夫。

歌手としてのプライドもきっとあったでしょう。

以前のように歌えない、踊れない自分がもどかしく、情けなくもあったでしょう。

病気や障害を負って、活動を無期限休止する芸能人も多いなかで、ヒデキさんは舞台に立ち続ける選択をしました。

お子さんが小さいから、何が何でも働いて収入を得なければならないという理由?

でも、ヒデキさんほどの著名人ならば、ステージに立つ以外の方法で収入の道を開く方法はいくらでもあるはず。

 

「まぁきっとステージが好きなんだろうなぁ」と夫。

 傍でみている私たちは、何だか痛々しくて、なぜステージに立ち続けるのかと思っていました。

でもきっと、ステージでの歓声と拍手が、何よりの生きる源になっておられたのかも知れませんね。

 

晩年のヒデキさんのコンサートに行ったことはありませんが、きっと他のどのコンサートよりも優しい拍手と歓声で埋め尽くされていたことでしょう。

ヒデキさんが頑張ってコンサートを務めておられることがファンの皆様の感動をよび、それがヒデキさんに伝わってヒデキさんも生きる力をもらう。

ヒデキさんは、歌手というよりも、生き方そのものでファンの心を掴んでおられたような気がします。

 

病気になったことは何よりの痛手だったと思います。

ただヒデキさんは、ご家族、そして多くのファンという支えを後ろ盾にして病と闘うことができました。

自分が頑張ることによって、同じ病気で苦しむ人の支えになれたら・・そんなお気持ちももっておられたようです。

歌手というポジションを超えて、生き方を世に問うた人生だったように思います。

最期は、愛するご家族と団らん中に意識を失い、そのまま意識が戻ることなく永眠されたとのこと。

愛するご家族に囲まれ、幸せな最期だったように思います。

 

ご冥福をお祈りするとともに、ともに歩んできた奥様とお子さんたちに、心からの敬意を表したいと思います。

 

 

目を通していただきありがとうございました。

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