還暦からの再起動

リタイア後に田舎暮らしを始めた還暦女子。それなりの「人生の旬」を綴ります。

この世に息がある限り、何かを与え続ける人でありたい

父の最晩年

これまでこのブログで書いてきたように、父は、「裸の王様」。

気に入らないことがあると母に当たり散らし、母はそれを何とかとりなし、娘は当たらず触らず。

本人は、自分が裸の王様であることに全く気付かず、ここまで生きてきました。

しかしここへ来て、母が入院。どんなにダダをこねようがそれを受け入れてくれた母も傍にいなくなり、身体の自由もきかなくなり、そして家も手放した父。

度重なる「喪失」に右往左往し、娘との関係にも暗雲が漂っています。

「お父さんといるとエネルギーを奪われて疲弊する」

それが姉と私の共通の思いです。

 

母の最晩年

脳梗塞で倒れ、入院中の母。

倒れる前の母は、常に父親の顔色を窺い、いつもため息をついている人でした。

ところが、父の元を離れ療養生活に入った母は、身体の自由こそ奪われて寝た切りにはなりましたが、表情はとても穏やか。

面会に行くと、「ありがとう、よく来てくれたね」と顔をクシャクシャにして喜びます。

スタッフの皆さんからも手厚いケアを受け、「みなさんによくしてもらってシアワセ」だと言います。

母は、病院で「〇子さ~ん」と下の名前で呼ばれ、「着替えましょうね」「車椅子に乗りますよ」「オムツを替えましょうね」そんな呼びかけに、「は~い」と幼子のように返事をし、安心して身を任せる母。

何かをしてもらうと、「ありがとう、ありがとう」とまずは握手。

スタッフの皆さんからたくさんの愛情をいただいていることを感じます。

まだまだ上手に飲みこむことができない母ですが、食事の介助を受けるときは、真剣そのもの。

「ごっくんしま~す」と母

「お願いしま~す」とスタッフの方

「ごっくんしました~」とまた母

一生懸命取り組む母に、スタッフの方も根気よく取り組んでくださっています。

有料老人ホームへ移ることが決まり、スタッフの方は、「〇子さんがいなくなると寂しくなります」とおっしゃってくださったとのこと。

 

お母さん、病気になって変わったね

歩くことも、立つことも、トイレに行くことも、何もかもができなくなった母。

それでも、周囲に上手に甘え、感謝の気持ちを伝えること、相手の気持ちに応えようと頑張り、周囲の人の支えようとする力を引きだす力は残されています。

残されたというより、病気になって、獲得したような気もします。

「お母さんは、こんな人じゃなかった。お母さん、病気になって変わったね。人として成長したね」と姉。

「そうだね」と私も深く頷いています。

日ごろから父に頭を痛めている私たちは、

「お父さんから離れて、やっとお母さんらしく振る舞うことができたんだね」

「病気にならなければお父さんから離れられなかったお母さんがかわいそう」

そう、話し合っています。

 

88歳のマザコン

父と母の最晩年の姿は対照的です。

父にとって母は、妻であり、母親でした。

その母親が傍にいなくなり、ここ数か月は、母親を恋しがる幼子のよう。

気持ちも身体も、ぐっと幼児に退行し、周囲のエネルギーを奪う一方。

自分が何かを与えることは、すっかり忘れてしまったようです。

それにしても、88歳のマザコンは、なかなかのものです。

 

この両親の最晩年の姿を通して考えるのは、自分のこれからの老い方。

「寝たきり=不幸」だと思いこんでいたけれど、そうとも限らないことを教えられました。

そして、年よりは頑固で変わらないというのも、例外があることを学びました。

寝たきりになっても、人として成長し、周囲に温もりを与え続けることはできるし、一方、幼子のまま周囲からエネルギーを奪い続ける生き方もある。

たとえ寝たきりになっても、人は幸せになることができるのだと知ったことは、大きな希望です。

どんな状況に置かれたとしても、できることならば最後の一息まで、人として成長し続け、周囲に何かを与えられる人でありたい。

これが、人生の最晩年を迎えた我が両親が、娘に送ってくれた最大の「gift」です。

 

 

目を通していただきありがとうございました。

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