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還暦からの再起動

リタイア後に田舎暮らしを始めた還暦女子。それなりの「人生の旬」を綴ります。

家を出る、その決断。友人の背中を押したものは

25年間の結婚生活にピリオドを打った友人。

結婚生活の大部分、20年ほどは、夫への違和感、気持ちの通わない辛さや孤独感を抱え、人知れず悩んでいたようでした。

 

20年、友人をそこに留まらせていたものは

元ご主人との溝を抱えながらも、離婚を踏みとどまってきたもの、それは、まず子供の存在が大きかったようです。

母親としての役割を果たさなければならないという責任感。

老いた両親に心配をかけたくない、かけてはならないという思い。

そして、離婚後、独りで生活していけるのかという不安。

さらに、地方の小都市ゆえの世間体意識。

これらのことがいつも頭の中にあったようです。

 

離婚を現実的に考えるようになったのは

そんな友人が、離婚を現実的に考えるようになったのは、相次いだ両親の死。

「子供がいるんだから我慢しなさい」

「悪い人じゃないんだから、何とかうまくやりなさい」

いつもそう言っていた両親がなくなり、心配してくれる人がいなくなった喪失感と同時に、「これで自由に生きられる」という解放感も。

友人に、いまは亡き両親の家、実家に住むという選択肢が与えられました。

さらに、子供たちが大学進学し、次々に家を出ていったことも大きなきっかけに。

子育ててに費やす時間が減り、友人は資格取得の勉強に取り組むことができました。

 

最終的に彼女の背中を押したものは

住む家が確保でき、両親が残してくれたもので、生活基盤の大凡のメドだ立った友人。

資格を生かして、働く道も拓けてきました。

ただ、当時まだ中学生だった末のお子さんのことが気がかり。

そんな時、元ご主人が帰って来る時間が近くなると、決まって心臓がドキドキと脈をうち、息苦しくなり、異常に発汗して手足が冷たくなるということが起こるようになってきました。

更年期障害にしては、いつも起こるのは元ご主人の帰宅時間。

「こんなにも自分を痛めつけてまでここにいることはない」

友人は、そう決断したしたそうです。

 

身体から発せられる警告が、彼女の背中を最終的に押してくれたようでした。

「子供たちのために」

「両親に心配をかけないために」

「世間からあれこれ言われないために」

頑張ってきた友人。

「私、ずっと自分を大切にして来なかったんだなぁって、つくづく思ったんです」

「もういい加減にしなさいよ!って、身体が怒ったんだと思います」と友人。

頑張って、頑張って、無理をして、無理をして、やっと自分を大事にすることに気づいたようでした。

ただ、ここまで追い込んだからこそ、何の迷いもなく、新たなステージに踏み出していけるのだとも話していました。

 

まだまだアラフィフ。

きっといつか、心を通い合わせ、友人のあるがままを受け止めてくれるパートナーと出会い、幸せな第2の人生を歩んでくれることを願うばかりです。

 

 

 

目を通していただきありがとうございました。

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