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還暦からの再起動

リタイア後に田舎暮らしを始めた還暦女子。それなりの「人生の旬」を綴ります。

それでも心臓は動き続ける

昨日は、危篤だった叔父のお見舞いに行ってきました。

ちょうど私の手術の日に、「危篤」という知らせをうけていましたが、なかなか駆けつけることができず気になっていました。

その後、何とか持ち直して、無事に会うことができました。

 

叔父は、77歳。

7年前にアルツハイマー認知症を発症。叔母が自宅で介護を続けてきましたが、1年前に食事がとれなくなり入院。

療養型病棟で手厚いケアを受け、今に至ります。

 

渾身の力を振り絞っての呼吸

会った叔父は、数か月前から意識ははハッキリせず、完全に寝たきり。

酸素マスクからは、7ℓの酸素。

鎖骨の静脈から点滴が入り、エアマットに横たわる身体は、まるで骨格の標本のように痩せて、手足の皮膚は薄くなって浮腫んでいました。

呼吸するたびに胸が大きく上下し、「スー、ハー」と渾身の力を振り絞って呼吸する様は、やはり痛々しいものでした。

1分間に約20回。1時間に1200回。1日に2万8千回あまり。

もう、休ませてあげたい、正直なところ、そう思ってしまいました。

 

若いから心臓が丈夫

危篤状態だった時には、心拍数が200近くに跳ね上がり、血圧も80前後。尿量も減っていたようですが、今は心拍数も血圧も安定し、尿量も回復。

「先生から、若いから心臓が丈夫」だと言われたと叔母。

「もう、いつ逝ってもらっても悔いはないんだけど、まだ頑張ってくれてるのよ」と話していました。

心臓が動き、自力で呼吸する力がある叔父。

自分の意思の及ばないところで、自分の心臓は働き続け、呼吸を続けなければならない状態にある叔父。

叔父の「生命力」には、脱帽するとともに、複雑な気持ちにもなりました。

 

最後まで果敢に頑張りぬいた存在

そろそろ自分の最期について考える年齢になった私。

将来、重い病の床について、人生でやり残したものもなく、生ききったと感じていても、丈夫過ぎる心臓に翻弄され、無理やり呼吸を続けなければならないような状態になるかも知れないと考えてしまいました。

「生きたい」から生き続けるのではなく、心臓が動きを止めないから生き続けなければならない。

自分の持ち物である心臓。

1滴の力も残っていないほどに、そこまで頑張らなければ、楽にはなれないのかと考えさせられました。

ただ、これから叔父のことを思いだすたびに、最後まで果敢に頑張りぬいた存在として、私の背中を押してくれるような気もしています。

 

 

 

目を通していただきありがとうございました。

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