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還暦からの再起動

リタイア後に田舎暮らしを始めた還暦女子。それなりの「人生の旬」を綴ります。

88歳の父、胃瘻が決まった母に「男としての責任を果たす」と言いだした

母親の胃瘻が決まって、一段落した気分。

友人とのお喋りに花を咲かせていたところへ、父親からの電話がありました。

沈んだ声で、「母さんはどうなんだ?大丈夫かな?」といつもの第一声。

 

胃瘻をしても、ここには帰って来られないだろ?

「うん、大丈夫。病院からも何の連絡もないし。」と明るく応えたものの、父の声はトーンが低いまま。

「胃瘻をしても、ここには帰って来られないだろ?母さんは」

現在、居住している高齢者マンションでは、胃瘻への対応は困難。市内にある同系列のA施設では、胃瘻への体制が整っているものの、ここでは胃瘻をつけた母親と同居することはできないことを父親には何度も説明していました。

「そうね、きっと難しいと思うよ」

 

どうすることが、男としての責任を果たすことになるんだろうか?

「母さんがかわいそうだな」そう呟いた父親は、

「母さんと一緒になるときに、ばあさん(父の母親)から、『男としての責任をきっちり果たすんだよ』って言われたんだよなぁ。どうすることが、男としての責任を果たすことになるんだろうか?」と私に問いかけました。

思ってもみない問いかけに、戸惑う私。

「男の責任」って言われても・・・。

昭和ヒトケタ生まれの父親が口にする「男の責任」。

何やら哲学的でもあり、そもそも、人生のパートナーに対する責任はあっても、「男の責任」、「女の責任」という言葉自体が私の辞書には存在しません。

「もう、十分にお母さんに対する責任は果たしてきたんだから、いいんじゃない?」

咄嗟にそう言いそうになりましたが、それでは、父親に「もう、あなたは役済み」と言っているようでそれも言えず、黙り込む私。

 

金があったら、1軒家でも借りて、母さんを引きとるんだけど

父親は、もしも経済的な余裕があったら、家を借りて母親を引きとり、二人で最期まで暮らしたいと言いだしました。

結局のところ、父親が考える「男としての責任」とは、「最良の環境を整え、最後の一息まで側にいる」ということのよう。

「もし、それができても、お父さんひとりじゃ、お母さんの世話はどうにもならないんだから」

「何を言いだ出すんだろう」という驚きとともに、父親の口を封じた私。

父親は、暗に、姉と私に、「経済的な支援と丸がかえの介護」を要請したのかも知れません。

 

それからしばらくたって、姉から、「お父さんがA施設にお母さんを引きとって、一緒に暮らしたいっていうんだけどどう思う?」とメールがありました。

 

 

 

 

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